主観世界を基盤として夢・霊・直観を統一的に説明しようとする試み

主観世界論から見た夢・霊・未来情報の統合理論試論

小説家という人種は、オカルトめいた出来事に遭遇する割合がおおい。執筆にむきあう際、精神を研ぎ澄ますため、日常生活を送る上で塗り固めてしまった心の殻が剥がれ落ち、霊的なものを呼び寄せるのだという。

山白朝子『私の頭が正常であったなら』p94

 私が愛読する名作家より引用したが、全員とは言わずともこれは芸術家や創業家ほか名のある名士であったり、夢日記をつけていることを公言する者であったりと、どこかの座標地点においての影響度合いが高い者また素質ある者が徐々に人為的未来的(また過去的)影響を受けているものだと思われる。未来座標地点からの情報流入という仮説を採るならば、芸術家や作家は受信感度が高い存在である可能性がある。

本稿でいう実数・虚数・複素数は数学的定義ではなく、物質・意味・両者の統合を表す比喩的モデルとして用いている。また、本稿では霊が存在するというよりも主観世界に他者的な何かが侵入してくる的な意味合いが大きい。

夢内意識と主観世界考

 夢というと何を考えるだろうか。ハッとさせられる出来事を憶えるのが普通ではあるが、夢や神秘性について思考する機会が増えるほどに夢内の精細な出来事や場所や配置また感覚などへも思いめぐらせることだろう。これは夢の中の私自体が夢という空間を楽しんで探究していることから、起床後に夢内意識の記憶を精細緻密に振り返る現実の苦労が軽くなるのである。また、夢内意識を持ち帰って記憶していることも、現実意識を夢内へ持ち寄り現実上で思考していたことをそのまま考える間にすることが出来ることからも、夢内世界は現実三次元空間とは異なる座標系を持つように思われる。また夢内では時間・空間・身体法則が現実と異なるため、少なくとも現実三次元空間とは異なる座標系が存在しているように思われる。夢内では肉体が宙を浮いたり場を変化させたり、時間空間が異なっていたりとするからである。

 幼い小学校低学年の頃は自室で両親との間で寝ているときに、神輿を担いだ人たちが手を取り連れて行こうとすることが三度あった。この際は肉体から霊体(エーテル体)が引き剥がされるとも、私の霊魂また霊体自体を連れて行こうとするさまであった。
 高校生時代から大学三回生頃までは金縛りや霊的存在との遭遇が夜のみでなく家内のみでなく、屋外日夜また周囲人数問わずいたるところで多発していた。この頃は小学生時代の出来事が忘れられず、そしてまた高校一年生の夏休みに夜の神社で夜明けまで煙草と酒で仲間と過ごしていたことが多かったため、環境要因が多分に占めている。煙草と酒と書いたが、飲まない時でさえ現象が発生し、その現象を感知しているのは約八人中毎度私と他一名のみであった。また別グループでの交遊時も同様であり、合計3グループで場所は違えど幾たびも霊的未知現象に遭遇したのである。なので関心があったことから霊や超心理学や人智学等をネットで調べることが多かった時期である。気がする程度の軽いものを含めればもちろん数はさらに多くなる。大学の卒論では民俗学や宗教学が専攻な師の下で、経験から未知への関心が高かったことから呪術に関わる研究をしていた。

論考

 しかし霊体と書くと肉体が分離しているのかといえばそうでもなく、肉体も霊体も一致していたことから五次元以上的現実(パラレルワールド)であったのかもしれない。私の体験においては、霊体離脱というよりも、肉体と霊体が重なったまま別の位相へ移行したように感じられた。そして目覚めたときには寝ていたところに戻っていた。数学言葉に喩えれば、肉体のみが実数だとすると霊体のみは虚数(虚数とは現実には直接観測できないが、数理的には確かに存在する概念である。私は霊体をそのような存在として捉えている。)である。しかしこの夢体験においては、肉体から霊体が抜け出たのでなく合一であったことから複素数(実数と虚数から成る数)的なものだろうか。実数軸が物質界であるならば、虚数軸は意味界・想念界である。人間はその両者の交点として存在する複素数的存在である。しかしそうなると夢遊病者のさまであるがやけに現実的であり時計の針は深夜2時頃を指しており、両隣に父母が居たことと敷布団がひいてあったことは現実そのままである。

 もし金縛り状態での幻覚(実在としての霊含む)であったならば、基本的には目覚めた時に寝ているところにそのまま戻るものである。しかし一度だけ例外として高校生時代に、霊に足を引っ張られベッドから半身が落ちて、目覚めると半身が落ちておりベッドにしがみついているさまであったことがある。有力な霊であれば夢内での霊体を引っ張るどころか物理的に干渉することが可能なのだろう。少なくとも私は霊的干渉の可能性を感じている。

 霊が私の霊体を引っ張ってつられて肉体が動いたのか、はたまた霊が直接私の霊体肉体共に引っ張ったのであるかのどちらかである。
 それとも、肉体や霊体(夢の中の身体)という分別がそもそもおかしく、意識を載せている身体は私の内つまり主観世界において同一であり、相手の霊は私の意識が載っている方つまり主観世界へ行為し動かすことができているのかもしれない。これは客観他者がいないことから客観世界が無いので、観測者効果がはたらかない。夢内において私が直接認識しているのは主観世界のみであり、客観的に世界を検証することはできない。そのため夢内世界は主観世界として完結していることだろう。なので主観世界(また生物学的には環世界)は霊が霊界からの観測者として行為することから、私の主観世界は夢内において霊界内の主観世界が観測また干渉されることになる。霊界また霊における実数と虚数のうち、実数には無理数と有理数がある。多くの霊にとっては対象者肉体への行為が無理であったとしても、極一部の者にとっては有理つまり干渉といった明確な交点を持つことが可能なことなのだろう。であるとすると、虚数(Imaginary)はImageであるから霊界また想念や想像のものであるので、我々からした虚数とは霊にとっての実数とも考えられる。語源的な関係はないが、私は虚数を想像(Image)的なものとして捉えている。

 実際に、想念や想像や祈りといったものをもとに気をつかう気功というものがある。漢字においては能動的な発揮(発気)や八卦や気配りがあり、受動的には気配といった雰囲気を察することがある。強い信念がある際には電波を発信する無線機のように機能するものである。身近にいえば手かざし療法といった手から赤外線等が出て医療行為をすることであり、子どもの頃に親から「痛いの痛いの飛んで行け」というお呪いと手かざしを受けることがあっただろうがまさに気功であり想念の力である。医学的にはプラセボ効果——想念が身体へ作用することを示す医学的事例であり、気功や霊的干渉はその作用範囲をより広く解釈したもの——であるが、言霊や観測者効果からすれば「大丈夫、治る」という想念また意志のもとの観測者効果である。想念が身体や認識へ作用する現象は確かに存在し、その作用範囲をどこまで認めるかによって、心理学・気功・霊的干渉という解釈の差が生まれる。夢内意識の世界では、この想念作用が現実世界よりも直接的に働くため、霊的存在からの干渉も主観世界において成立しえるのである。夢内意識と肉体意識は別個のものではなく、同一の意識が異なる座標上で経験している状態なのかもしれない。

6/21 記

一部の夢=未来座標地点からの通信説

 夢が主観世界として成立しているならば、その情報源は必ずしも現実の感覚入力だけとは限らない。夢の内容には記憶・想像・無意識だけでなく、未知の情報源が含まれている可能性もある。未来通信説はその未知情報源を説明するための一仮説である。

 夢日記をつけ始めた去年からわかったことだが、夢は子どもの頃に見た夢々と全く同じものを見ることがあった。この類いは人為的介入のさまであり、ゲームプレイ動画を録画するように、またVRゲームでかつフルダイブシステムのような夢体験ものである。プロモーションビデオを繰り返し再生の場合もあるし、ビット数の低いゲーム(例えばファミコンやプレイステーション)のような場合もある。ホラーな夢を見ることもあるが、おそらく時空座標は今ここ現時点の科学的心理的においても印象付け記憶付けに極めて効果的なことからであると思われる。印象付けに効果的なものであれば他楽しい夢や幸せな夢でも良いようだが、常にそればかりではそれに慣れ切る頼り切る浸って現実逃避をするといったドラえもん信仰のような不都合でもあるのだろう。

 また、2025年各時点で体験した夢内ではそれぞれ「未来はこのようになる」といったどこか遠い未来座標地点の世界へ逆フルダイブすることもあり、その世界では無気力無思考者が病的医療保護的に区分されていたり、はたまた別の夢における未来座標では都市が砂漠化した夢や大勢で日中から盆踊り練習をする夢であった。
 今日6月22日今しがた体験した夢においては、死んだはずの人が重体程度やピンピンと元気になっているさまであり、復活者が多かった。もしこれを事実化するのであればまだその扶けとして、良いものは観測者効果をはたらかせ、悪い出来事は可能な限り観測者効果をはたらかせないことにある。これは昔から私一個人でなぜか実践していることではある。

論考

 さてこの考え方はもし未来通信が実在すると仮定するならば、その通信主体として未来人類や未来文明を想定することができることから、私たちの現座標時点からの未来座標地点において霊的システムつまり霊的フルダイブシステムが完成していてもおかしくはない。つまり思念や共時性シンクロニシティが科学化されており、その科学力により時空改変マンデラエフェクトを行っている。未来座標地点から現座標時点であるから、その通信手段は直観や想像や想念や夢である。これらは数学的にまたメタファーを用いると虚数界のことである。スピリチュアリストでいうところの四次元や五次元といった考え方であり、未来から今現在へ情報が流れ伝達するのであるから霊的システムの科学的実数化及び人類としては複素数化である。このばあいでの直観とは純粋直観を指し、自然数という経験の積み重ね方向よりも上位からの純粋直観つまり啓示といったものを指している。これは数学者 岡潔『日本のこころ』p30にある「上空移行」である。この純粋直観が下り易い者は信仰者であるか、学問や常識や他者の目を気にしない楽観ポジティブ者である方が望ましい。なぜならば、学問や常識や世間体といったものを気にする者ほど自らのエゴがそれを阻害するからである。

 時空改変考については統合失調症者や認知症者の考察を含み、https://shinji-fukuyama.com/michi5-1/でしばしば示したとおりであるので、パソコンにある検索機能(ctrl+F)を活用していただきたい。本サイトまたその記事はパソコン向けである。また改めて一つの論考として執筆する予定ではある。現代医学では時空改変説は一般的な学説としては認められておらず、状況によっては精神医学的な解釈がなされることがある。本稿は精神医学的説明を否定するものではなく、主観世界論から見た別解釈の可能性を考察するものであるが、これは過去の積み重ねのみをみる医学と量子論また未知の探究や未来性が繋がっていないことから生じるものであり、常識や学説の情報更新アップデートにより逐次改善されるものである。

 夢が未来通信を含む場合、霊的現象や霊自体も過去の霊のみではなく時空移動者ということも考えられる。するとラップ音発生も未来時空科学における何かしらの意味が込められている。もし人類から労働の過半数がAIによる代替ほか科学技術の能率化により大量失職を生み出した際、霊体のみでの時空旅行や霊界(夢内含む)通信が完成したばあい、善人は過去の人たちや知らない人たち科学未熟な人たちのサポートやフォローに周る者たちが出ることだろう。この一部が神秘的啓示体験や霊的現象の正体である。私は夢の一部について、未来情報の流入という可能性を排除していない。

 このように考えると、私は『日月神示』を未来通信現象として読むことも可能ではないかと考えている。未来人により『日月神示』を岡本天明が神的啓示として降ろされたものである。これは岡本天明のみに啓示が降ろされているのではなく、本来は貧富清貧問わず期待値や情報発信力や誠実性によって降ろされてはいるが、これを記録として遺すかどうか、また遺せる環境にあるかは人それぞれである。遺したものを未来人は読み取って過去また現在また未来ともにお互いに影響し合うのである。国籍や種族や各宗派や各学会の人たち一人ひとりが、その案内する未来人(霊人)によって影響を受けている。
 なので過去の宗教弾圧は政府としては致命傷的科学的合理的誤りであり、未来を塞ぐ行為を行ったものである。これは未知や挑戦を恐れたことも一理あるかもしれない

6/22記

おまけ 夢の開始場所

 話を現在に戻そう。去年2025年中の夢は特に、自室寝ているところから起き上がってソト(ベランダ)へ行くことが多かった。これは最初からそのように夢内ストーリーが順序良く進んでいることを記憶しているのでなく、記憶を思い返していってやっと思い出すのである。もちろん順不同で思い出せない時もあり、その際に自室のシーンがある場合は憶測程度であるが、現実的に順序良く考えればやはり自室シーンが始めである。心理学においては偽覚醒(False Awakening)と呼称されているようであるが、前項を踏まえるに一説の域である。

6/21記

参考になる人物

主観世界
哲学者エドムント・フッサール(Edmund Husserl, 1859–1938)
生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュル(Jakob Johann Baron von Uexküll, 1864–1944)

夢と意識
精神医学者アーネスト・ハートマン(Ernest Hartmann, 1934–2013)
心理学者カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung, 1875–1961)
理論物理学者ヴォルフガング・パウリ(Wolfgang Ernst Pauli, 1900–1958)
哲学者/心理学者ウィリアム・ジェームズ(William James, 1842–1910)

未来情報
哲学者ジョン・W・ダン(John William Dunne, 1875-1949)
心理学者ジョセフ・バンクス・ライン(Joseph Banks Rhine, 1895–1980)

直観
数学者 岡潔(おか きよし, 1901-1978)
哲学者アンリ・ベルクソン(Henri Bergson, 1859–1941)
思想家/哲学者ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner, 1861–1925)

進化する精神世界
博物学者/民俗学者 南方熊楠(みなかた くまぐす, 1867–1941)
思想家/人類学者 中沢新一(なかざわ しんいち, 1950-)
神学者/古生物学者 ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(Pierre Teilhard de Chardin, 1881–1955)

6/21-6/22 9:27記

Subjective Reality, Dreams, and Future Information: A Unified Theory of Consciousness