本稿は「多様性の座標」シリーズにおける時間認識編である
精神と肉体の時空間座標
私たちはことばの空間へ様々なおもいを注ぎこみます。
私たちのことばはどの時間を有しているのでしょうか。また、精神(また霊)時間と物質時間も異なります。
そしてことばには、発する者と受ける者がいます。
時はどのようにことばに付加され発するのか、また受けるのか。
留意点
物質時間=空間に内包される時間
数学上では実数
現実と呼ばれる今ここ目の前に在る事象
精神時間=時間に内包される空間
数学上では虚数
仮想や想像と呼ばれる今ここ目の前に無い事象
時間の図化1
線上点時間において

点時間を加えてみましょう。
過去とは過ぎ去ったものでここにないこと、未来とは未だ来ないことです。
- (いま・過去・未来)感じること
- (いま・過去・未来)知ること
- (いま・過去・未来)想うこと
線上線時間において 1


線時間に昇華してみましょう。
この段階以降はことばのウチに持続意識を有しています。
- ((いまに至るまでの過去・いまから未来に至るまで)を踏まえて)
感じること - ((いまに至るまでの過去・いまから未来に至るまで)を踏まえて)
知ること - ((いまに至るまでの過去・いまから未来に至るまで)を踏まえて)
理を想うこと
昇華された線上線時間において 2
より一段昇華してみます。一例として”感じること”のみ記述します。
少し難義となるので読み飛ばしていただいてけっこうです。
- ((いまに至るまでの過去を踏まえ、そしていまから未来に至るまで)を踏まえて)
感じること

つまり
((いま←過去)=(過去→いま))→(いま→未来)
=過去→いま→未来
=いまは過去により成り立ち、またそれと同時に過去はいまにより成り立ち、そしていまから未来へ感じたいことをことばにする
反転させてみます。
- ((いまから未来に至るまでを踏まえ、そしていまに至るまでの過去)を踏まえて)
感じること
つまり
(いま→未来)→((いま←過去)=(過去→いま))
これは式を組み替えてもきれいにならないので、ひとまず式を二つに分かちます。
一.
=(いま→未来→いま←過去)
=(未来→いま←過去)=(過去→いま←未来)
=いまは未来から感じたことをことばにするが、またそれと同時に融合して、いまは過去から感じたことをことばにする
一.
=(いま→未来→過去→いま)
=いま⇔(未来・過去)
=いまは未来と過去に相互干渉し、感じることをことばにする
線上面時間において
面時間としてみましょう。見やすく書き換えます。
面とは梯子のように、または二列のあみだくじのように、線が最小二つあることによってその二線を行ったり来たりすることにより間が生じます。これを面時間と定義します。
- ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
感じること - ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
知ること - ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
感じ知ること - ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
情け感じること - ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
思い考えること - ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
思い想うこと - ((いま←過去・いま→未来)・if (いま←過去・いま→未来))
理を想うこと
以上のことから、ことば自体には空間時間が内在されていることがわかります。
これらを総括しますと、ことばだけでも読み解くことの難しさがわかり、まして人の数だけ、ある一個人においてもその時その場によって座標地点が異なることからやはり人の意見というものは一参考に過ぎないのです。
2024/11/25~2025/5/13記
時間の図化2

今現在の座標は今ここであっても、過去と未来から同時に着想また閃きを得て今に活かす場合はこの図のさまとなることだろう。未来も過去も今ここに在るものではないが、過去は思い出すことで、また未来は想像(創造)することで、それらを記し憶える(筆を執り書き記すことが望ましい)ことで、認知的にも普段から接することで自己催眠暗示のように意識への刷り込みが可能となる。肉体の時空旅行はできずとも、精神(また霊)の時空旅行は過去や未来の想像により、誰しも普段から行っているように可能である。また過去や未来のみならず妄想が出来るように、もしも(Ifストーリー)の世界をも想像できるものである。Ifストーリーの世界では、量子論的にいえば在り得たかもしれない時間軸の近しい世界であり、われわれはそのうちから現実を”量子消しゴム実験”であるように、一つの世界を選択して想像し行為したことを過去化している。過去化とは、想像したことも仮想空間上の出来事としては意識上に記録されることから過去化である。

こちらの図はおまけで作ったものであり、物質時間欄が”過去→いま→未来→過去”となっているがこれは、過去から今現在を振り返りそして今から未来を創造し、そして再び過去を踏まえる意識の過程道筋である。今よりも売り上げを上げようとかこの未来時点ではここまで鍛え上げたいといった意識的目標設定行為はこのさまである。これらの行為により、精神時間の面積は大いに増えるとともに、”未来→過去”つまり未来から過去の組み上げである。未来目標から組み上げかつ過去からの着想を得る行為である。
時間の図化3

こちらの図は、未来から今現在に時が流れている図である。近い将来かつ確固とした未来目標設定では願い(星マーク)の表れ方が確実となっており、遠いものほど薄っすらとなる。これは想像物質化の難易度に相関している。たとえばメモをとりタスク管理(タスク管理における効果能率の是非はともかく)をする場合は確固とした成就できそうな願いである。大きい願いほど物質化は質量(また質料)からして難しいものである。これは食事でいうと、豆は一口で飲み込むことが出来るが、リンゴほど大きいものは一口で飲み込めないことを指す。また細かに喩えて言えば、購入するまでは触感や食感はわからないが、目の前にあると食べ物の匂いや視覚上の情報、手に取り手触りを確かめることができる。噛んでみると味が出てくるが、想像上の味と一致しているかは別である。

歳を取るほど過去を思い返すことが多くなるであろうが、若い者や明日未来に思い馳せる者は過去より未来の方に目が向いており、明瞭化しやすいことだろう。過去は未来と等しく、距離と質量(また質料)に応じて薄くなるものである。過去も想像するものであり、過去の場合は物的記録をとっていたり意識空間に記憶していたりとする。メモを取る行為をせずとも意識空間また霊的空間上では大事なことほど記憶されているのである。われわれが憶えているのは——未来の願いも同じであるが——大きいものとてその一部に過ぎない。憶えは覚えとも書くが、過去の場合は一度経験していることから確固たる自信に結びつきやすい。自己が他者の過去や未来における話を聞く場合は、今ここで共同体験ではないことからなおのこと薄くなる。

図7と図8を足したものであるが、本質的にはどちらも今目の前ではないものであり、物質時間で経験したことほど確固たる自信に通じている。この図は砂時計に着想を得ているので物質観から執筆しているものである。本来は過去も未来も存在しておらず、精神(霊的)時間が今ここに集中しているのみである。リラックス時の想像や妄想においては過去また未来またIfストーリーを描くことは容易である。これは入眠中が特にそうであり、入眠中は記憶の整理と言われてはいるが実際のところそれは一論説であり、精神(霊)が肉体から解放されているからこその時間移動である。この時間移動は4次元5次元等とあらゆる時空間へ霊体を持って移動することができている。おそらくは電気を肉体に身に纏い活用すれば、精神のみではなく肉体も4次元的5次元的に移動可能であろう。
2024/11/25~2025/5/13記 [時間の図化1]
2026/6/19追記 [時間の図化2、時間の図化3]





